私の息子は21才。もう、おっさんになってしまった。
我が子におけるいろんな年令の様々な場面を思い出すと、なぜかしんみりとした気持ちにおそわれる。
かわいい表情・生き生きとした様子や声、あざやかに思い出せば思いだす程ウルウルしてしまう。
当たり前の話だが、もう二度とあの頃の我が子に会えないからだ 。
親は、毎年毎年その子と別れ 新しい我が子と出会いながら暮らしていく。
だから、私は時々後輩の若い母親に言わずにはいられない。
「同じ瞬間はもう二度とないのやで。そやし、ちゃんと子どもの姿をみて、声に耳をすませて、目をあわせてしっかり関わってね。よそ見して上の空ではもったいない。
子どもはステキやし面白いよ。一日に少しでいいから急ぐ心の時間を止めて、小さい人との楽しい時を味わってほしい」
と。
一月七日、東京の母と上野松坂屋に現代書道二十人展を見に行った。
会場はご高齢の方達であふれていた。
お昼に美味しいおそばを食べたが、その隣のあんみつやさんで母がデザート(!)に粟ぜんざいを食べたい、という。
粟ぜんざいなど初めての私は興味津々、そばでふくれたお腹をものともせずお供をした。
…出てきたそれはたしかに美味しかった。

「こどものころから大好きだったの」
と幸せそうな母。
「この粟餅が熱くなきゃだめなの」
と満足気に味わっている。
ふと、店内。
ここもまた高齢者がほとんど。
「ほら、ひとりでちゃっときて食べてはる。なんか ほほえましいわあ」
と言ったのはネズミ年生まれの母であった。
見回すとかなり高齢な方。しかも白髪の男性も大盛のあんみつなどをぱくついている。
さっきおそば屋で近くに座ってた二人連れのご婦人方も、お汁粉を召し上がってる。
なにかこう、集中して味わっている感じだ。

母はニコニコしてる。
私もなつかしいようなほほえましいような気分に…粟ぜんざいはそんな優しい甘さの味でした。
人形劇ワークショップ こずえ塾のレッスンの中に、役者の五感の引き出しを日常的に豊かにする、という課題がある。
日常で何かを感じたとき(例えば、美味しい・きれい・ふわふわ・心地よい音・よい香りなど)その瞬間その感覚に集中して、より深く感じ、自分の中の役者の五感の引き出しに「入れとこ!」と意識的に取り入れるというもの。
五感の記憶だ。
ある日のレッスン帰りの受講生ふたり。あるトイレの前に来たとき何とも耐えがたい悪臭が!
…顔を見合わせたふたり。
「どうする?」
「いれとく?」
「やめとこか?」
「もっとええ匂い入れよな」
この会話、世に解る人は少ない。
ちなみにこの会話を通してその匂いはしっかりインプットされたと思われる。
定年より早めに劇団を退職し、出来ることやりたいことをはっきりさせ仕切り直しすることにした。
が…「独立したんやね」とか言われるとたじたじする。ともすればリタイヤ感にも見舞われる。
せめてフリーランス freelance という意識でいってみまひょか。
あて、今年からフリーランスになりました。どうぞよろしゅう。
m(_ _)m
人形劇ワークショップ こずえ塾の五感トレーニングの中に「こどものころを思い出す」というのがある。
小さいときの出来事・経験、なんでもいいから五感を通して蘇るにまかせる。一定の時間ひとりひとりの世界に集中…そのあと浮かんできたことたちをなるべく五感を通して他の人たちに伝える。
すっかり忘れていたはずのことがよみがえったり、もう会えない人の感触や表情まで浮かんできたりしてびっくりする。
不思議な楽しい時間がゆっくり流れる。
そして「日々深く感じながら生きたいもんだ」と、忙しいおとなになってしまった私たちはしばし今の我が身をみつめたりもする。
この文書は、ウェブサイトえだまつこずえ事務所に掲載されたものです。